研究内容
近年、生命科学への理解が目まぐるしい早さで進んでいます。しかし、未解明の生命現象が未だに数多くあり、これらを解決する新しい手法の開発が強く望まれております。
これに対して、私たちは、有機合成化学(ものつくり)を基盤にして、生命科学現象の解明と制御を可能にする分子プローブ(便利な道具)の開発と方法論の開拓を目指して研究を行っています。とくに、私たちは、「歪み」を有する高反応性化学種に着目し、生命科学における最先端の研究課題をただちに解決できる切れ味鋭い新手法を、有機化学の観点から創出しています。詳しくはこちらをご覧ください。
主なトピック
ベンザインの化学
ベンゼン環の一部が三重結合になった「ベンザイン(アライン)」は100年近くも前から、その異常な構造ときわめて高い反応性が注目されてきました。ベンザインは単離困難なほど高反応性の化学種である一方で、ユニークな変換が可能であることから、私たちはこの高活性化学種を使いこなすことを目的に研究を行っています。具体的には、以下の点に注目して研究しています。
① 新しい前駆体の開発や、既知の前駆体からの新しい発生法の開発
② ベンザインの構造の違いが反応性に与える影響の調査
③ ベンザインを活用した新しい変換反応の開発
ベンザインは分子模型を組めないほど、歪(ひず)んだ化学種ですが、計算科学も併せて利用し、反応性の予測・実験結果の解釈に役立てています。詳しくはこちらをご覧ください。
最近の報告
アジドとアルキン間のクリック反応
2022年のノーベル化学賞は「クリックケミストリーと生体直交化学」の開発業績へ貢献した3人の研究者に授与されました。クリックケミストリーとは、2つの分子が「カチッ」と音を立てて繋がるように、素早く、きれいに繋がる反応のことで、生化学、材料化学など広い分野で利用されています。その代名詞とも言える反応がアジドとアルキンを繋げるHuisgen反応です。私たちは、アジドやアルキンの反応性に注目しさまざまな角度から研究を展開してきました。詳しくはこちらをご覧ください。
1. アジドの化学
アジド基は窒素原子が直線上に3つ並んだ置換基で多様な反応性を示します。私たちの研究室では、異なる環境に配置したアジド基が示す特異な反応性に注目して研究に取り組んでいます。例えば、芳香族アジド基と脂肪族アジド基との間で、これらの光反応性が大きく異なることを見いだし、これを利用して、くすりなどが標的とするタンパク質を見つけるための独自の手法を開発できました。さらに、最近、かさ高い置換基に挟まれた芳香族アジド基が、環状アルキンなどとの反応において著しく高い反応性を示すことを発見しました。通常、大きな置換基が近くにあると官能基の反応性は大きく低下し、その反応が減速するのに反した興味深い性質です。
さらに、こういった独自の視点で見いだしてきたアジド基の特性を活用し、複数のアジド基を持っている分子のそれぞれのアジド基を順番に変換していくことによって、様々な機能性構造を集積した分子を簡単に合成できるプラットフォーム分子も開発しています。
最近の報告
2. 環状アルキン
アルキンは通常、直線構造をとります。しかし、(1)で紹介したベンザインなどの環状のアルキンは折れ曲がった構造をとり、同時に、高い反応性を示します。六員環のアルキンであるベンザインの寿命は短く、単離できない一方で、八員環のアルキンであるシクロオクチン類は単離できる程度の安定性を有していることから、生命科学研究などに応用され、その有用性が明らかにされてきました。具体的には、シクロオクチン類は、水やアミン、アルコールとの反応による分解はしない一方で、アジドなどとは高い反応性を示し、速やかに環化付加することからクリック反応に用いられています。私たちの研究室では、環状アルキンの反応性を明らかにするとともに、その合成法や反応の制御法などに関して研究を行っています。ダブルクリック反応について詳しくはこちらをご覧ください。
最近の報告
分子プローブの開発
生命科学が日々急速に進歩している現在でも、生命現象を解明・制御するための”みる”手段は未だ十分とは言えません。例えば、医薬品の標的タンパク質を決めることができれば、分子標的医薬の開発に展開でき、画期的な新薬の開発へつながると期待できます。しかし、「薬剤が直接どのタンパク質にどのように作用して薬効を示すのか」を決めるのは容易でなく、実際多くの薬剤については標的タンパク質が未だ突き止められていないのが現状です。これに対して当研究室では、有機合成化学を駆使することで、”みる”ための新しい手法を創出することを目指し、分子プローブの開発や方法論の開拓を行っています。特に共同研究者との密な連携のもと、最先端の医学・生物学の研究現場においても便利な新手法を開発しこれまでに幾つかの薬剤の標的タンパク質同定や狙った分子を”みる”こと(イメージング)に成功しています。
当研究室で開発に取り組んでいる主な分子プローブ、イメージング手法
創薬シーズ化合物の探索研究
近年、創薬において、医薬品の候補化合物(創薬シーズ)を新たに見つけるために、「化合物ライブラリー」が重要な役割を果たしています。とくに、最近の分析技術・機器の進歩の結果、数万〜数百万種類の化合物の中から、目的の作用を示す化合物を見つけられるようになってきました。こういった背景のもと、私たちは、基礎的な研究によって創出できるようになった化合物群を、私たちが所属する研究所保有の化合物ライブラリーへと積極的に登録しています。東京医科歯科大学 生体材料工学研究所は、医歯工連携実用化施設内の医療機能分子開発室に、約2万種類の化合物ライブラリーを保有しています。この化合物群はさまざまな生命科学研究者に利用されており、その中から、画期的な生物活性を有する分子が見いだされてきました。加えて、私たちが合成した分子たちの中から、東京大学創薬オープンイノベーションセンター保有の化合物ライブラリーにも供出しています。(創薬等支援技術基盤プラットフォーム事業というプロジェクトで、日本中の英知を結集し、巨大な化合物ライブラリーの共用による創薬研究促進が進められています。)私たちの研究によって産み出された、興味深い複素環化合物等から画期的な化合物が見つかる、かもしれません。